エネルギー講演会
「地球温暖化をめぐる国際情勢と日本の課題」
(10-9)
●日本のエネルギー価格危機と電力危機
いま、エネルギー危機によって日本のエネルギーコストは大幅に上昇しています。円安もそれに拍車をかけているので、まさに「エネルギー価格危機」と言っていいと思います。
いま日本を直撃しているエネルギー危機はもう一つあって、「電力危機」というものがあります。昔であれば、日本は停電のリスクが最も低いと言われていましたが、いまや夏・冬は次々に停電の危機が日本を覆い、官房長官自らが「冷蔵庫にあまりものを詰め込むと電気をたくさん使いますから」ということまで言わなければならないような事態になっています。
そのためには、経産省も供給対策、需要対策、構造対策といろいろやっていますが、いまの電力危機というのが、ウクライナ戦争や、あるいはエネルギー危機に起因するエネルギー価格の上昇と比べて違うのは、やはり制度設計にいろいろと問題があったんじゃないかと感じるわけです。
つまり、一般電気事業者を普通の企業にするということです。総括原価主義もやめる、発送電分離をする、競争を導入すると。新規で競争に参加している新電力は、これまで電力会社が担ってきたような安定供給の責任を果たしていない。市場に参入して利益を得るという果実は手にするけれども、義務を果たさない。そういうフリーライダー的な事業者が増えましたし、福島事故以降、ずっと優遇されてきた再エネ事業者は、まさしく恩恵を受けることだけをしてきたわけですね。
再エネがどんどん増えると、一般電気事業者が持っていた化石燃料火力は調整運転を強いられる。採算が悪化する。そういった企業は普通の企業ですから、採算が悪くなった設備をずっと持ち続けていることはできない。従って、対応金が増えてくる。加えて、脱炭素化の名のもとに非効率石炭火力がどんどん閉じていく方向にいけば、供給不足が生じても不思議ではないわけです。
●日本にとって原子力発電の役割
頼みにする原子力発電所については、再稼働が遅々としてまったく進まない状態になっています。この電力需給ひっ迫の構造的要因を考えると、日本の手の及ばない地政学的なリスクのもとで生まれた危機というよりは、日本人自身の手でつくり出してしまった危機ではないかと思います。
そう考えると、やはり原子力の果たすべき役割は大きいと私は思います。脱炭素化とエネルギー安全保障を同時に進めていく中で、ヨーロッパもアメリカも、原子力を非常に大事な手段として位置づけています。ドイツですら、原発の段階的廃止を一時見送らざるを得ないような状態になっています。
日本はヨーロッパのように国と国がグリッドで結ばれているわけではない。パイプラインで結ばれているわけでもないので、国内に資源がなく、土地が極めて狭いので、平地に無限に太陽光パネルを敷き詰めるわけにもいかない。また、海は深いので、ヨーロッパのような着床式の洋上風力発電を並べるには限界がある。浮体式になるとものすごくコストが上がってしまう。しかも、日本の海は、夏の間は風が吹かないので、年間を通じていい風が吹いているヨーロッパに比べると、洋上風力では明らかにハンディを負っているといえます。
そう考えると、やはり日本がこれまで培ってきた国産技術である原子力を使わないと、国家経済安全保障上マイナスであり、エネルギーコストを上げることになる。IEA事務局長のファティ・ビロルさんも、「日本は水素も洋上風力も頑張ってもらいたいけれども、日本の土地条件を考えれば、原子力発電所の再稼働はもちろん、新増設も考えるべきだ」と明確に言っているわけです。
そういう中で経産省は、2022年6月の審議会で「エネルギー安全保障と脱炭素化のための政策の方向性」というのを出しております。
従来のエネルギー政策の資料を見ると、脱炭素化が前面に出ていて、再エネの主力電源化や省エネなどが中心になっていましたが、エネルギー危機や電力危機に直面したことで、セキュリティーが大事だという意識が前面に出てくるようになりました。これはウクライナ戦争の結果なんだろうと思います。
そういう中で、8月に岸田総理がGX実行会議において、初めて原子力発電の革新炉の研究開発だけではなくて建設ということに触れました。
つまり、これまでは「安全審査の通った原子力発電所の再稼働を目指す」というのが政府の決まり文句だったわけですが、加えて設置許可済みの原子力発電所の再稼働、10基じゃなく17基の再稼働に向けて、国が前面に立って対応を行う。さらに新規についても建設を行うという方向性を示しました。これまでの政府の方針から見るとずいぶん前向きになったのだろうと思います。
ただ、これは大きな方針を示しただけであって、2022年末に具体的な結論を出すことになっています。これから検討されることになりますが、その背景には、ウクライナ戦争や電力危機という2つのエネルギー危機に対する強い危機感があったのだろうと思います。