北海道エナジートーク21 講演録

エネルギー講演会
「地球温暖化をめぐる国際情勢と日本の課題」

(10-4)

●COP26・グラスゴー気候協定の舞台裏

 私は2021年のCOP26に行ってきましたが、議長国であるイギリスは、1.5℃目標に向かって国際社会が野心的なメッセージを出すことに強くこだわり、その計として「化石燃料に対する新規投資をやめるんだ」という声明を出そうとしていました。

 当時は産油国のほか、ウクライナ戦争前だったのでロシアも参加していましたが、日本を除くG7諸国(アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ)が名前を連ねる形で、「2022年末までに石炭だけでなく化石燃料に対する投資をやめるんだ」という声明を出しました。

 ヨーロッパ、アメリカを中心に環境に熱心な国が名前を連ねたわけですが、中国、インド、ロシア、サウジアラビア、日本は参加をしていません。COP26は2021年11月でしたが、開かれた時点ではヨーロッパではエネルギー危機が現実のものになっていて、イギリスのグラスゴーでも、再生可能エネルギーでは電力が足りず、悪玉であったはずの石炭火力まで引っ張り出して発電してCOPの会場に電気を送っていたという事実があるにもかかわらず、COPの会場においては「化石燃料は過去のものである」「化石燃料に投資をしてはいけない」と声明が有志国の間で採択されていました。つまり、COPにおける議論と現実のギャップが広がっているんじゃないかという気がします。

 温暖化防止というアジェンダは誰も否定できないわけですし、「野心のレベルをできるだけ高く持って頑張るんだ」という姿勢には拍手をすべきなのかもしれませんが、こういった国際的な場でそれが共同声明という既成事実のような形で採択され、各国の報道や金融機関、投資市場にも影響を与えると、それがアジアを中心とする途上国とエネルギー事情との間に大きな乖離が出て、いまあるエネルギー危機をより深刻化させるという皮肉な結果になるのではないかと思っています。

 私自身、温暖化防止に関する国際交渉の場に何度となく参加してきたわけですが、特にバイデン政権後のアメリカを含め、ここ数年の欧米が主導する議論はやや極端なんじゃないかという気がします。

 そういう中で「グラスゴー気候協定」が2021年、イギリスの強いリーダーシップのもとで採択されました。イギリスはボリス・ジョンソン元首相のもとで、グラスゴーでのCOP26を「野心のCOPにする」と言ったわけです。つまり、温室効果ガス削減のために「非常に高い目標を掲げて頑張るというメッセージを出す」という意味です。

 2020年は世界全体がコロナに席巻され、その年に予定されていたCOP会合も延期されるなど、温暖化防止という点では足踏みの年でした。ところが2021年は、アメリカで温暖化防止に非常に熱心なバイデン政権ができた。また、G7サミットの議長国はCOPの議長国と同じイギリス、G20の議長国も同じヨーロッパのイタリアということで、温暖化防止について野心的なメッセージを出そうという国々の思惑が前面に出てきた年でした。その集大成がグラスゴー気候協定であったといえます。

 ここで何を言っているかというと、パリ協定の温度目標を再確認すると言いつつ、「1.5℃のほうが2.0℃よりもさらに良いんだ」「1.5℃に抑制するように最大限努力をするんだ」というメッセージで、1.5℃目標を特出しするということをしたわけです。

 さらに、1.5℃を達成するためには、2030年に世界全体で45%削減しなければいけません。それを実現し、さらに「今世紀半ばごろにネットゼロにすることが必要だ」と。しかるに、他国がCOPに先がけて、見直した目標を全部立ち上げたとしても、2030年には2010年比で14%ぐらい増えてしまう。片や、45%を減らさなければならないのに、14%も増えてしまう。その両者のギャップは非常に大きく、2030年までの10年はまさに「Critical Decade(勝負の10年)」であるという位置づけをし、「その10年間に各国の野心レベルを引き上げていくための行動計画を作りましょう」ということがグラスゴー気候協定の中に含まれています。

●COP26に見る先進国と途上国の思惑

有馬 純 氏

 また、パリ協定の元の国別目標(NDC)について、日本、アメリカ、ヨーロッパは2020年から2021年にかけて相次いで目標を見直しています。日本も2013年比26%減という目標を45%減に引き上げていますが、中国やインドはまだ見直しを全然していません。

 中国は2030年に減少ではなく「ピークアウトする」という目標を出しています。インドはGDPとCO2の比率を年単位で下げていくという目標を出していますが、インドの旺盛な経済成長を考えると、2030年以降も温室効果ガスが増え続けることになるので、中国やインドを念頭に、まだ見直しをしていない国は2022年中に新しい目標を出すようにということをエンカレッジするという内容も含まれています。

 COP26で話題になったのは、特定のエネルギー源である石炭火力についてです。これが最もCO2排出量の多い電源なので、「フェーズアウトする」という文言を議長国のイギリスは入れようとしたわけです。ただ、最終局面でインドがこれに強く抵抗しました。

 ご承知のように、インドは電力の大部分が石炭で発電されています。インドの環境大臣は「インドにはまだ電気も水道も通っていない、一人あたりの所得が一日数ドルという非常に貧しい人たちがまだ数億人いる。だからインドにとっては、国内に潤沢に存在する石炭資源をいかにきれいに使うかということは理解できるけれども、石炭を使うなというのは受け入れられない」と言って、梃子でも動かないとなった結果、「フェーズアウト」ではなく「フェーズダウン」という言葉になったわけです。

 これは、欧米が主導する1.5℃目標あるいは2050年カーボンニュートラルを絶対のものとして位置づけ、それに合わないものは排除するというトップダウン的な思考と、現実を見すえたボトムアップの議論が真っ向からぶつかった事例ではないかと思います。

 私自身は個人的には、インドと欧州諸国のやりとりを聞いていたときに、インドの言っていることのほうがはるかに胸にストンと落ちるところがありました。

 COP26の評価についてですが、イギリスが当初もくろんだ通り、野心的なメッセージが盛り込まれたわけですね。2020年の温暖化防止の足踏みの年を挽回して余りあるものがありました。イギリスの外交力はすごいと思いましたが、1.5℃目標を特出しして、それに向けて2050年カーボンニュートラル、あるいは2030年45%減を目指すということは、これから2030年、2040年、2050年とかけて世界全体で排出できるCO2の量にある種のキャップをかけるのと同じ意味があるわけです。

 パリ協定は冒頭でご説明したように、地球全体の野心的な温度目標を設定しつつ、各国の実情を尊重して、目標は各国が定めるという、トップダウンとボトムアップのハイブリッドのような枠組みだったわけです。両社が微妙なバランスの上に成り立っていましたが、1.5℃というのが前面に出された結果、各国の目標もそれに見合ったものでなくてはならないということで、トップダウンがボトムアップを凌駕するような形になってきています。

 それは、世界全体で排出できるCO2排出量にキャップをかけるのと同じような意味があって、そうなると、先進国と途上国との間で、その残された「炭素予算」を巡って熾烈な分捕り合戦が発生することになります。

 私が途上国の立場であれば、地球全体でカーボンニュートラルを目指すのであれば、いま日本やアメリカやヨーロッパが言っているような2050年カーボンニュートラルなんて目標は甘いのであって、もっと先進国は率先垂範して、2040年くらいにカーボンニュートラルになり、それ以降は職人やネガティブエミッション技術を導入して、途上国に対してその分の枠を渡せと言うでしょう。あるいは世界全体でのカーボンニュートラルを先進国は主導して導入した以上、途上国に対しては「途上国が温室効果ガスを削減するための資金援助を抜本的に拡充しろ」と言うでしょうね。

 事実、COPの場で初めて「2070年カーボンニュートラル」という、先進国より20年遅い目標を出したインドのモディ首相は、先進国は途上国への資金援助の目標は年間で1,000億ドルですが、それを一挙に10倍にして「年間1兆ドル払え」と言っているわけです。

 ですから、今後2030年までの「勝負の10年」までの間に何が起きるかというと、途上国は先進国に対して資金援助を求め、途上国に対して「温室効果ガス削減を求めるんだったらまず先進国がもっと早くカーボンニュートラルを達成しろ」という要求を出す、そういう10年になっていくだろうと思います。

 イギリスは非常に野心的なグラスゴー気候協定を出しましたが、今後に向けては大きな対立の火種を残したのではないかと思います。