北海道エナジートーク21 講演録

エネルギー講演会
変化する国際関係とエネルギー情勢

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エネルギー講演会「変化する国際関係とエネルギー情勢」

講師
宮家 邦彦 氏

(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

1953年生まれ。1978年東京大学法学部卒業。同年外務省入省。日米安全保障条約課長、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任、2005年外務省退職後、外交政策研究所代表に就任、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。

宮家 邦彦 氏

●国際情勢を理解するカギは何か

 北海道は今週2回目で、月曜は釧路にいました。昨日はまた地震があって胸を痛めています。大きな影響がないように、そして皆さんのご健康をお祈りしています。

 早速ですが、皆さん「地政学リスク」という言葉を聞いたことはありますか。皆さんは経済誌を読まれることもあると思いますが、「北朝鮮の水爆実験で地政学リスクが高まる」などと書かれていたりします。「地政学リスク」とは何でしょうか。よくわからないですよね。それが正解です。北朝鮮は核拡散のリスクです。中国は、いまの状況では対中投資のリスクです。経済誌に書いてある政治の記事にはやたらと「地政学リスク」という言葉が出てきますが、私に言わせると、地政学リスクとは、エコノミストに理解できない国際情勢なんです。つまり「わからない」ということであり、「私は国際情勢をわかっていません」と告白しているようなものです。

宮家 邦彦 氏 また、最近のエネルギー価格が上がったのは、アメリカとサウジアラビアの陰謀だと言う人がいる。陰謀なわけがない。だってエネルギー価格は平時にはマーケットで、有事には政治で決まるんです。いまは平時ですから、値段が下がります。陰謀というのは、因果関係がわからないときに使う言葉です。運命論とか結果論などと同じように。要するに、パワーとマネーを混同する。

 私はお金の専門家ではありませんから、マネーのことはよくわからない。私がやっていたのはパワー、つまり権力です。権力は見えない。お金と違って銀行は預かってくれません。突然現れて、突然消えるんです。パワーが見えたら、すごいですよ。選挙は百戦百勝です。見えないから政治家は無駄に資金を使うんです。国内的にパワーが動いたら国内政治、国際的にパワーが動いたら国際政治。パワーというのは、見えないけれども動きます。どういうときに動くかというと、典型的なのは、力の空白ができたところに動きます。

 もしも、この部屋が真空になったらどうしますか。窓が割れて中に空気が入ってくるでしょう。同じように、ある場所に権力が行使されない“力の真空”が起きたならば、それを目がけて皆が真空を埋めに来るんです。そのときにパワーが動く。そして紛争が始まる。要するに、パワーとマネーは違うということです。

 そして、マネーというのは経済合理性で判断しますが、すべての国際政治は経済合理性だけで判断できません。それをしようとすると、「地政学リスク」などという言葉を使うことになる。ですから私は、むしろ地政学的な合理性を考えて、どうしたら国際政治を理解できるようになるかをお話ししながら、いま何が起きているかをお伝えしたいと思います。

●イラクの地政学と“力の真空”

 「地政学」は、ある国の歴史的興味だとか、その国の安全保障関係を、地形つまり山・川・海・島に注目して、その国の歴史や安全保障上の見地から将来どんなことが起こり得るかを考えるというものです。おどろおどろしいものでもないし、方程式に変数を入れたら答えが出てくるものでもありません。個々に全部違います。

 イラクの地政学は非常にわかりやすいのでお話しします。防衛という観点から、日本のように周りが海ならすごく守りやすい。海は自然の要塞です。しかし、イラクに海はありません。

 首都バグダッドの南にバスラがあります。私はどう見るかというと、バグダッドとバスラの標高差を見ます。バグダッドの平均標高は32m。バスラの平均標高は4〜5m。800kmも南に行って28mしか標高が上がらないということは、真っ平ということです。そうなると、隣に嫌な奴が来たら、やられてしまうということ。陸続きというのはそういうものです。

 東西南北に脅威があるのが特徴です。世界には200も300もいろんな民族がいますが、基本的に世界の民族のカテゴリーは2種類しかありません。1つは「不幸な民族」。もう1つは「もっと不幸な民族」。「もっと不幸な民族」の中には「最も不幸な民族」がいます。例えばポーランドです。なぜかというと、隣がロシアとドイツですよ。

講演のようす

 ところが、ポーランドよりひどいのがイラクです。真っ平ですよ。チグリス・ユーフラテス川という肥沃な川は流れていますが、北側はトルコで、山から下りてくることができる。東側はペルシャで、ここも山です。簡単に下りてくることができるから、すぐに占領されてしまう。トルコのオスマン朝に、メソポタミアは何百年も支配されました。ペルシャ帝国には1000年以上支配されました。南部は砂漠です。西はシリアだけれども、歴史的にみるとギリシャです。

 つまり、イラクという地形は、歴史的にみて東西南北の殺戮と侵略の十字路にあります。

 イラク戦争でイラクを壊してしまって、オバマさんはイラクから米軍を撤退させました。撤退するとどうなるかというと、“力の真空”が生まれます。米軍がひと昔前まで何万人もいたのが、もうほとんど残っていない。どうなるかというと、イラク全体が力の空白になります。その南部を埋めたのは、イランの革命防衛隊です。北部を埋めたのはイスラム国です。このように考えるのが、私の言う“力の真空”です。こうやってシリアもイラクも壊してしまった。そして一度壊れたものは元に戻りません。これから中東は混乱が続き、安定に向かうことはないでしょう。

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