エネルギー講演会「脱炭素化に向けた日本の針路」
【第二部】トークセッション
脱炭素化未来を描くビジネスのヒント
(5-5)
●脱炭素化のプロセスと国民生活への影響
松本 カーボンニュートラル実現に向けたビジネスについてもうかがいたいと思います。菅前首相が2030年温室効果ガス削減目標として、2013年度に比べて46%削減を表明しました。そして、岸田首相も、菅前首相の路線を継承するのではないかといわれていますが、方向性についてどう見ていらっしゃいますか。
山本 これは一度言った以上、引っ込められないですね。引っ込めたらたぶん、国際的にもすごい非難を受けるので、やるしかないんだと思います。ただ、その実行の方法については、もう少し柔軟性を持たせて考えるのではないでしょうか。いまは選挙前なので、原子力の話は触れられないでしょうけれども、選択肢を多くすることを考えなければならないと思います。
46%削減というのは、小泉前環境大臣が何気なくおぼろに浮かんだ数字だそうですけれども、そんなことで決められたら困ります。真剣に議論して決めないといけない。私は研究所のホームページにも書きましたが、小泉前環境大臣は、46%という数字が浮かんだときに、日本で電気料金の支払いに困っている人の姿が浮かんでこなかったんだと思います。日本で貧困層といわれる人たちは約2,000万人いるといわれています。これは電気料金の支払いに困る人たちのことです。アメリカやヨーロッパでは“エネルギー貧困”と呼ばれていますが、冬季に暖房を取るか食事を取るかという選択に迫られる人たちがヨーロッパには5,000万世帯、1億人近くいるといわれています。そういう人たちのことを考えるとうかつに「46%削減します」と言わないほうが良かった。「日本は残念ながら、アメリカやヨーロッパほど稼いでいないので、ちょっと勘弁してください」と言ったほうが良かったのではないかと思います。
松本 カーボンニュートラルを実現するための経済的な手法についてうかがいたいと思います。例えば、ヨーロッパでは排出量取引制度や炭素税の引き上げ、国境炭素税などの規制措置により、炭素の排出が緩い国に対してはもっと関税をかけ、経済的な措置を強化する動きが見られますが、こうした環境税の導入は今後、強化されていくと思われますか。
山本 世界的な流れとしては強化されていっていますが、日本で本当に導入できるかどうかはまた別の問題です。
ヨーロッパの排出量取引は2005年に始まり、最初は本当に値段がつかなくて、2ユーロとか3ユーロとか低迷していました。それが、欧州委員会が「これでは誰も脱炭素をやらない」ということで人工的に値段を引き上げる仕組みに変更したんです。その結果、いまはヨーロッパの二酸化炭素の値段は60ユーロを超えています。1トン8,000円です。
例えば、石炭を燃やして電気をつくって二酸化炭素を出したら、1トン8,000円を払わなければなりません。石炭を1トン燃やすと二酸化炭素が約2.4トン出るので、2万円ぐらい払わなければならない。それを電気料金で回収しなければなりません。
ヨーロッパは天然ガスの値段が上がったので、電気料金も無茶苦茶に上がっています。スペインでは、9月に4割も電気料金が上がりました。イタリアは政府が抑え込んだので何とかなっていますが、下手をすれば2021年末までに電気料金が2倍になるといわれています。いま政府は、必死に抑え込んでいますが、料金が上がった一つの理由は二酸化炭素です。ヨーロッパでは、「これは正しい政策だったのか。ここまで国民に負担をかけてやるべき政策なのか」と、二酸化炭素の値段についてEU内で石炭消費の多いポーランドやチェコから大きなクレームが出ています。従って、見直しになる可能性があります。
状況をよく見て、国民生活に非常に大きな影響を及ぼすことを考えないといけないということなんだと思います。EUは国境での炭素税を含めて2025年ぐらいまでにやると言っていますが、本当にやれるかどうか。
日本はこれだけ収入が伸びない国で、電気料金を大きく上げるような炭素の値段にするのは難しいだろうと思います。なかなか政権与党としては踏み切れないんじゃないか。温暖化の問題というのはかっこいいんですが、温暖化対策を進めるにあたっては、その裏返しでコスト負担が必ず生じて、誰がそのコストを出すかということなんです。
若い世代の大学生は「温暖化問題を考えていないのはけしからん」なとど言っていますが、「将来、電気料金が2倍になっても、あなたは大丈夫ですか」「日本の初任給は20年間上がっていない。そういう社会で生活しているんですよ」ということを大学生にも考えてもらわなきゃいけない。現実問題はそんなに甘いものではないという気がします。

≪トークセッションの様子≫
●脱炭素化未来を描くビジネスのヒント
松本 最後に山本先生に「脱炭素化未来を描くビジネスのヒント」として、会場の皆さまにメッセージをお願いします。
山本 ビジネスのヒントというほどのものはありませんが、これからは水素と電気の社会に移行していきます。そうすると金が必要です。最終的にその金は、化石燃料の輸入がなくなるので戻ってくるんですが、設備をつくるにせよ何にせよ、とりあえず立て替えをしなければいけないわけです。
北海道でそれができる企業や人材がいるのかということを、よく考えなくてはいけない。そのためには、北海道の企業に体力をつけてもらわなきゃいけないわけです。北海道の企業が体力をつけられるようなことを、皆さんも考えなければいけない。
手っ取り早いのは、原子力発電所をできるだけ早く動かせば、間違いなく体力がつきます。その分、コストも下がります。電気料金が下がることで消費者にも還元されます。
そのお金で、北海道の企業が投資をするリスクを取れるようになります。そういうことを考えておかないと、このままじりじり行ったら、本当に将来は真っ暗です。人口が減り、2100年の北海道には札幌以外、人が住んでいないということになりかねません。それは避けなければならないですね。
できるだけ努力をして地域を維持することを考えないといけない。再生可能エネルギーもやらなきゃいけないんですが、地域を維持するだけの力、事業になるかというと、残念ながら難しいと思います。10年後の北海道の姿を描きながら、いまから手を打つことをぜひやってほしいなと思います。
松本 ありがとうございました。私も政府の委員会などに関わっていますと、技術をどう革新的に進めていくかなどの議論が比較的多く、一方で、国民生活や産業への影響という議論が重点課題から少し落ちてしまっているのではないかと思いました。
山本先生とお話しして、脱炭素化を目指さなければいけないけれども、やはり地域の生活、住民の生活、雇用状況などをしっかりと考えなければならないし、そうでなければ本当の意味で持続可能ではないという、非常に意義あるお話をいただきました。
以上をもちまして、トークセッションを終わらせていただきます。