エネルギー講演会「脱炭素化に向けた日本の針路」
【第二部】トークセッション
脱炭素化未来を描くビジネスのヒント
(5-4)
●水素社会に向けたエネルギーコスト
松本 エネルギーコストの高い産業として、例えばパルプ・紙加工製造業、セメント製造業、鉄鋼業などが北海道にもありますが、脱炭素化の影響はどのぐらいあるとお考えでしょうか。
山本 セメント、紙パルプ、鉄鋼、これらの産業は、電気を利用することがほとんど不可能です。セメントを電気でつくるとなったら大変な電力消費で、セメントの値段がいくらになるかわからなくなってしまいます。
鉄鋼は還元剤が必要で、電気を使って鉄スクラップを溶かす「電炉」ではいい鉄をつくることができません。鉄は一回つくったものを溶かして作ると、少なくとも自動車用の鋼材はできない。だから、鉄鉱石と石炭からつくるしかない。石炭を使うから、二酸化炭素が出ます。それをやめるとなったら水素を使うしかない。水素は大変な量が必要になります。日本の鉄鋼業が水素に変わると、北海道の電力需要の3〜4倍は必要になります。それだけの電気を使って水素をつくらなければなりません。
紙パルプ産業も同じです。いまは重油や石炭で溶かしています。これを化石燃料以外で溶かすとなると大変なことになるので、たぶん水素を使うしかないと思います。
そのように考えると、社会は水素に向かっているということが言えます。日本にいると気づきませんが、ドイツでは最近、ドイツ連邦政府と地方政府が1兆円の補助金を出しました。ドイツ国内で62件の水素プロジェクトを進めるというものです。
なぜそんなにたくさんあるかというと、水素を運ぶのは大変なので、パイプラインをつくらなくてはいけない。しかし、新しいパイプラインはそんなにつくれないので、必要なところで水素製造装置をつくろうとしているんです。
北海道でも紙パルプや、函館のセメント、室蘭の鉄鋼などは水素製造装置を近くにつくったほうがいい。これを再生可能エネルギーか原子力でやらないと、二酸化炭素が出ます。
いま水素は世界で約7,000万トン使われていますが、ほとんど天然ガスでつくられています。天然ガスを分解して水素を取り出すんですが、このときに二酸化炭素が出て、世界に出ている二酸化炭素のうち7億トンぐらいは、実は水素製造によって出ています。ドイツが排出している二酸化炭素より少し多いくらいです。それをやめなければいけない。
二酸化炭素を出さない電気で水を分解して水素をつくるとなると、二酸化炭素を出さない電気は再生可能エネルギーか原子力です。
日本では、再生可能エネルギーで水素はつくれません。例えば太陽光でつくるとすると、夜は電気が止まります。水素製造装置は非常に高いので、24時間使わないとペイしません。24時間発電できる電気でないと、安い水素はつくれないんです。
ヨーロッパでは円形の送電網なので、どこかで風が吹けば24時間再生可能エネルギーの電気がつくれるだろうと。ヨーロッパは自分の域内だけでは再生可能エネルギーの電気が足りないかもしれないので、モロッコやウクライナに太陽光パネルや風力の設備をつくり、それで24時間、電気をつくろうとしているんですね。同じことを日本ではできません。日本で水素をつくろうとすると、24時間安定的に発電できる原子力の電気を使うしかないです。
政府は、そういう話に踏み込んでいくと原子力の話になるので、それは嫌だから、「2030年に300万トン、2050年に2,000万トンの水素が必要です」と言いながら、その水素をどうやってつくるかについては一言も触れていません。仮に2,000万トンの水素をつくるとすると、いまの日本の発電設備と同じ規模の発電設備が必要です。日本で必要とする水素を全部つくろうとすると、原子力発電所が200基くらい必要になります。
そういう話に踏み込むと非常に難しい話が出てくるので、「オーストラリアの褐炭などでつくります」としか書いていないんです。オーストラリアの褐炭でつくれるのはせいぜい年間数十万トンです。
私は、早く手を挙げてそうした検討を始めた地域が勝ちなんじゃないかと思います。そうしないと、再生可能エネルギーと同じで、東京や大阪から投資家が北海道に来て、おいしいところを持っていくということが起こるんじゃないかと心配しています。
松本 先生がお話しされた再生可能エネルギー由来の水素は「グリーン水素」とも呼ばれていますが、たくさんの容量を確保できないところが問題だとお考えなのですね。
例えば東京2020オリンピック・パラリンピックでは、聖火は水素を使ったものでした。また、大会で使われたトヨタ自動車のFCV(燃料電池自動車)500台には、福島県のエネルギー研究所でつくられたグリーン水素が燃料として充填されて使われたということです。これは、量が限られていたからグリーン水素が活用できたという面があるのでしょうか。
山本 その通りですね。大量の水素をグリーン水素でつくるのは難しい。いまヨーロッパでも議論になっています。フランスやハンガリーでは「原子力で水素をつくるしかないのでは」などと言っていますが、脱原発をするドイツは「原子力で水素はつくらない」と言い張っています。
ただ、ドイツは、全国土に再生可能エネルギーの設備を導入しても、ドイツが必要とする量の水素はつくれないと言っています。要は国土面積が足りないんです。
例えば、ドイツの鉄鋼業界では、日本の粗鋼生産量の半分以下で4,200万トンの粗鋼生産を行うために水素をつくろうとすると、ドイツ国内に1万2,000基の風力発電設備が必要になるそうです。そんなことをできるわけがないということで、ドイツは「水素を輸入する」と言い、周りの国から袋だたきにあっています。どうしてかというと、「そうやってエネルギーを他国に依存するのだったら、ロシアの天然ガスに依存している現状と変わらないじゃないか」と。では、どこから水素を輸入するか。ドイツは「オーストラリアから太陽光でつくった水素を輸入します」などと言っていますが、周りの国は「それはやめたほうがいい」「エネルギーを他国に依存するのは危ない」と話をしています。
ですから、グリーン水素という言葉はきれいなんですが、現実問題を考えると、ヨーロッパではいろいろな意見が出ていて、日本の場合はもっと難しくなります。先ほど言ったように、どうしても水素の値段が高くなってしまう。それを考えると、小型モジュール炉を組み合わせて水素をつくるのが一番現実的な答えなのではないかと思います。
ちなみに、原子力でつくる水素は「パープル水素」や「ピンク水素」と呼ばれています。ヨーロッパでは、パープル水素やピンク水素をグリーン水素と同じように使うかどうかという議論が起きているということです。ただ、欧州委員会では、原子力をきれいな電源、きれいなエネルギーに分類しようと動いています。また、天然ガスについては、石炭と同じだから使うなという話が欧州では出ています。天然ガスはダメ。原子力はOK。ヨーロッパではそのように動いていて、2021年末か2022年初めには結論が出る予定になっています。(注:欧州では今年春ごろから天然ガス価格上昇による電気料金の上昇が起きたことから、多くの電源を持つべきとの意見が出され、天然ガスも過渡期には持続可能なエネルギーに分類する動きになってきたが、結論はでていない。)